労働者です。

1人の労働者として、日々の雑観を下記散らかすブログ

45歳定年制

 

45歳定年制

45歳定年制は経済界の意見と言うか経営側の視点に立つと理解できる。理解できると言うより、気持ちは分からなくもない。人口減少に伴う消費の減少から益々厳しくなるビジネス環境で、終身雇用を維持するのは大分きつい。今まで国が大企業に終身雇用の保証を依存していたが、中々に厳しい環境になっていくのだと思う。

個人でできることとして、会社に人生を捧げるのではなく自己研磨やスキルアップに励もうと思う。

 

誰が雇用を守るのか

ただ、経済界の意見の気持ちは理解できると言っても、国の維持はそれでは成り立たない。能力主義成果主義・資本主義だけで進んでしまうと持たざる人と持つ人の格差は激しくなる。他人を蹴落としてでも自分が生き残らねばならない殺伐とした世界になってしまう。昔読んだ政治家かなんかの本に「平時は雇用を守り、国民が食い扶持を確保させ人々を食わせるのが国家の最大の使命だ」と言う言葉があったのだけど、そうだと思う。

今までは大企業が主に「終始雇用」と言う形で雇用を守ってくれている部分が大きかった。その部分を大企業が担えなくなりつつあるけれども、国がー国がーと文句だけ言い続けても他人任せマンになってしまうと思うので、できる限り自分の能力を上げるスキルアップしていこうと思う。

実務経験がないと結局就業機会を得るのは難しい

資格を取ったところで仕事をすぐ得られるわけではないのが、辛いところではある。厳しいビジネス環境から、未経験者を0から育てる会社は益々少なくなっていくと思う。経験を積ませてもらえる機会を必死で探して、もし機会があったら必死で実績を作らないとな、、と思う。体力がある若いうちや、経験を積ませてもらえるなら無償労働で良い、くらいの気持ちでじゃないと、、ととは思うが目の前の生活もあるし、なかなか難しい。

 

年齢の壁

あとやはり日本は採用における年齢のハードルが高いように思う。求人票に年齢を制限するような表記は記載できないのが法律でルール化されているが、実際は一部のアッパー層を除いて30歳まで、35歳までがほとんどだと思う。外資系企業とも関わりがありその範囲での意見だけども、外資系企業は「その成果を出せる能力があれば比較的年齢は関係ない」という傾向が強い。その分成果を出せなかった時は解雇なのでどちらが良いかはわからないけれども・・・。日本はなかなか解雇ができないから採用時のハードルはそりゃあ上がってしまうよね・・と思う。

 

でもやはり終身雇用がなくなっていくのなら、採用時のハードルは下がっていかないと結構厳しいよね、と思う。採用時のハードルを下げる=解雇規制の緩和はもしかしたらセットになってしまうかもしれないけど、その場合は採用側が「社歴の多さを気にしない」というマインドチェンジも必要になってくると思う。あとはアルバイトとかで最初入って、そのまま企業側労働者側双方が納得したら本採用になる、、とかが多くなれば闇雲に職歴刻んでしまうのは減らせるのかな。その場合は労働者側にも「最初はアルバイトで良い」というようなマインドチェンジが必要になってくるけど。

 

でも年齢のハードルに関しては、結局少子高齢化が進んで若い人の総数が減るから、そのうち40代でもまだまだ若手、みたいな考えになるのかな。

 

労働時間以外の時間=過処分時間(自由に使える時間)をどう増やすか考える。

現在31歳、40歳まであと9年。仕事もライフイベントも「頑張り時」な30代の10年を無駄に過ごしたくない。

 

ふと、「30代のあと9年の間で『過処分時間』はどれくらいあるのだろう」と考えた。

過処分時間とは個人が自由に使える時間。30代の時間という財産は、私はあとどれくらい持っているのだろう。

 

かなりざっくり目な計算だが、3分の1は労働時間(※1)

もう3分の1は睡眠時間+お風呂とか食事など(※2)

となると、だいたい過処分時間は残りの3分の1ということになる。

 

※1:毎日残業していて、たまに土日も仕事が入ることを考える3分の1は労働時間に費やすな、、と。残業なしで土日もしっかり休んでいれば労働時間はもっと減らせるかもしれないが。

 

※2:大体6時間睡眠のショートスリーパーなのでお風呂食事入れて大体1日に8時間は費やすとして。

 

となると、40歳になるまでの残り9年で私が自由に使える時間は大体3分の1、大体3年くらい。

労働時間は雇用主やお客様のために生きているし、睡眠や食事、入浴で1日8時間は使ってしまう。

 

40歳までの過処分時間3年が大分短いと感じてしまった私は、必死で「どう過処分時間」を増やすか考えた。それが、次の方法である。

 

1:残業しない

2:私がやらなくて良い仕事はやらない

3:移動に時間をかけない

3-a:通勤しない

3-b:コンパクトシティに住む

4:家事をできる限りアウトソーシング

5:早寝早起き

6:健康維持

7:迷わない、悩まない

7-a:洋服に迷わない、生活に迷わない

7-b:仕事の決断に迷わない

7-c:将来とかに迷わない

8:落ち込まない、気にしない

9:本を読み前例に学ぶ(自分で0から考えなくて良いことは他人の前例に学ぶ)

10:集中力を高める

 

おまけ:他人の時間も大切にする

 

1:残業しない

「残業しない」。これは過処分時間を増やすための大原則だと思う。

過処分時間を減らす要因の1番が残業だ。

実際に労働に拘束されているだけではない、残業時間が増えれば増えるほど、身体的精神的にも疲れが溜まり、回復にその分時間がかかるので、その意味でも過処分時間を減らしてします。

幸いなことに残業時間ではなく成果に応じて評価される時代になりつつあるので、だらだらと残業はしないと心懸けたい。

 

ただ、その仕事の達成が、自分のプライベートの時間(過処分時間)を使ってでも、リターンが大きい場合はあるだろう。その達成がキャリアアップや給与アップにつながる場合や、自分の人生の目標にも重なってくる場合だ。給与アップすればより自分が時給の高い人間にれるし、キャリアアップして組織の上流にいけばより大きな目標のために使えるリソースが増える。何よりも仕事での経験値や仕事を通して得られるスキル、実績はお金では買えないものなので、仕事に自分のプライベート時間投入することは、ある意味で投資だと感じる。

 

とにかく思考停止した残業はやめたい。

 

2:私がやらなくて良い仕事はやらない

1:の「残業しない」に重なるが、私がやらなくて良い仕事はスキルアップにもつながらない限りやらない。徹底的に自動化したり、得意な他の人がいればお願いする。

他人に仕事を押し付けるのではなく、「誰がやっても良さそうな仕事」はどうやったらやらなくて済むか、時間を短縮できるか考える。具体的にはExcel作業とか本当極めた方が良いよね。ミスも減るし。

 

3:移動に時間をかけない

3-a:通勤しない

通勤しない。リモートワークが進み、自分の時間が増えたと感じた人は多いのではないだろうか通勤良くない。なるべく会社の近くに住むか、リモートワークをする。

 

3-b:コンパクトシティに住む

コンパクトシティに住んでいると、用事もだいぶ時間が短縮できる。例えば都内に電車で40分のところに住んでいて、休みの日に友人とご飯を食べに行くとしたら、友人と楽しむ時間+往復の80分+街へ出るからおめかしなどの準備で+3時間くらい使っちゃわない?

お昼ご飯一緒に食べよ〜って12時集合だとしたら、友人と一緒に居る時間はとても楽しくで貴重だけど、午前中はだらだらしながら準備して、12時に間に合うように向かって15時くらいに解散してら家に着くのは17時前。1日ほぼ終わってるということ多くない?

 

コンパクトシティの良さを実感したのは実はホーチミンという海外の都市に住んだからなのだけど、大体5分とか15分くらいで、バイクでちゃっと行けちゃうので、15時解散したら15時10分には家に着いてる。めちゃくちゃ良いなと。美容院とかもバイクで5分で行けて。

 

だから日本で自由に住むところを選べたらコンパクトシティに住みたい。

川崎とか良いよね。電車乗らなくても映画館があって。

 

移動は旅行で見知らぬ街へ行くとか、散歩を兼ねてとかそういう意味では脳に刺激があって良いのだけど、毎日の生活の中で往復する移動は景色も変わらず脳に何も刺激がないので、できるだけなくしていく方向にしたい。

 

4:家事をできる限りアウトソーシング

掃除をしたり、お料理をしたり、心が整う分だけやるには良いけど、できるだけ家電様にやってもらうのが良いよね。

 

5:早寝早起き

早寝早起きが過処分時間を増やすのは、早起きして脳がクリアな午前中のゴールデンタイムに色々仕事を片付けるのが効率的なのと、単純に早起きしたら時間が増える感覚がある。健康維持にもつながる。

 

6:健康維持

めちゃくちゃ重要。どんなに計画的に物事を進めていても、体調崩して何もできなくなった時のロスに絶望する。気持ちも落ち込んで良くない。コツコツ進めてきた勉強とか一回ストップすると、同じ集中力を取り戻すのに時間がかかったりするので、生活週間で防げるものは徹底的に防ぐ。

 

7:迷わない、悩まない

7-a:洋服に迷わない、生活に迷わない

かの有名な経営者が着ているものはいつも黒のタートルネックで決断のリソース節約していたとかその辺の話。

洋服はTPO弁えられて他人に礼儀を尽くすときの服以外は、ずっと同じユニフォーム化すれば良い。

加えて「今日何食べよっかな〜」「今日何作ろっかな〜」と悩むのもできるだけ減らす。食べたいものがあるときは別だが、基本的には一汁三菜で良い。日本にはハレの日に食べる料理とケの日に食べる料理があって普段の食事はシンプルに一汁三菜とかでよい。(その方が友人と食べるご飯は美味しいし、お祝いとかハレの日に食べる料理が最高に美味しい。)あと、体調も一定になる。

 

※食べ物が毎日同じでも私の場合は飽きないってだけで、ここは好きなもの食べれば良いと思う。

 

7-b:仕事の決断に迷わない

迷ったら決済ある人に聞こう。

 

7-c:将来とかに迷わない

将来の不安は押し寄せてくるけど、迷ってもしょうがないことがほとんど。だったらまだ仕事をして成果につなげた方が良い。

 

8:落ち込まない、気にしない

振り返りや反省はするけど、必要以上に落ち込んだり気にしたりしない。仕事においても完璧な評価制度はないし、昇進のタイミングなんて外部要因もあり自分の思い通りにはならない。「嫌われてるのかな・・」とかも必要以上に気にしない。プライベートで合わない人とは関わらないし、仕事で合わない人とはお互いプロ意識は持って仕事上のコミュニケーションをするだけ。パワハラは戦わない。逃げる。

 

9:本を読み前例に学ぶ(自分で0から考えなくて良いことは他人の前例に学ぶ)

自分の頭で思いつくことなんて、大体先人が考えついて文章化しているので。あと読書によって視点が広がると、同じ時間・同じ経験をしても視点が広い方が学びや気づきが多くなったりする。時間の価値効果を上げられる。

また文章力。仕事で的確に意図を伝える語彙力文章力を身につける。認識がすれ違ったまま進めてしまう仕事のロスはひどい。

 

10:集中力を高める

ちゃんと毎日睡眠をとって集中力を高める。集中力アップによって1時間で20ページできた勉強を1時間で30ページ進められるようになる。

時間の「長さ」は変えられないけど「濃さ」、その時間作業することによって得られる出来高、は集中力で変えられる。

 

おまけ:他人の時間も大切にする

自分の過処分時間を増やすために、、とここまで書いてしまったが、もちろん他人の時間も同じように大切にする。誹謗中傷とか他人の時間もメンタルも自分の時間もメンタルも失う。人に質問があるときは自分でまず調べられる範囲で調べる。サービスをしてもらったら当たり前だけど対価を払う。他人の時間も大切にする。

(でも友人とダラダラ生産性のない時間を過ごした学生時代は楽しかった。)

 

色々書いたけど、40歳までの9年間で、自分のために使う時間は大体3年くらい、、と心して毎日生活する。

 

内定後に待遇面をどこまで質問して良いか問題

労働条件の明示義務

日本の労働基準法だと雇入時に労働条件の明示義務というものがあり、賃金や労働時間、場所なんかは「明示しなきゃいけない」ということになっている。

でも多くの場合はこれから入社するかもしれない会社に対してもっともっと質問したいことが出てくるのではないだろうか。

その際に「こんなことも聞いていいかな」「人事の人が気を悪くしたらどうしよう」と悩む人も多いのではないだろうか。

 

結論質問して良いし、質問した方が良い、ただし気をつけることもある

結論、大事な生活に関わることなので、質問して良いし、早期離職という残念なことにならないよう、お互いのために相互理解を深めた方が良い。

労働者側にとっても気になるのはボーナス・残業時間・転勤を言い渡される可能性があるか・どうやったら昇給するか・3年勤めた人の年収はどれくらいか・・などその辺りが気になるところだと思う。使用期間中も給与が満額支給かどうか、なども念の為確かめた方が良い。

 

気をつけた方が良いというのは、条件について質問するのは当然労働者の権利なのだが、「あまりにも権利を主張し過ぎている」という印象にならないように、ということだ。ここで悪い印象を与えてしまって入社後に仕事がやりづらい・・ということになってしまったら悲しい。

考え方として

 

・労使契約を結ぶいち労働者として、契約のカウンターパート(企業)に確認すべき事をしっかり確認する

・これから一緒に働く仲間(上司・部下・同僚)として「人としての礼儀」をわきまえながら質問する

 

という2つの考え方を持ちながら、バランスを取りつつコミュニケーションをとり、自分の知りたい情報をキャッチしないといけない。労使対決のようにはなっていけないし、同調圧力のようなものに気圧され遠慮し過ぎてもいけない。

 

答えにくい質問もあることを把握しておくと、配慮した質問の仕方ができそう

例えば「どのような基準で昇給・昇進するのか」など。

働くからには給与アップを狙いたいし知りたい質問だと思うが、営業職で数字で成果がはっきり分かる職種以外は結構回答が難しいのではないか。

極端な話、売り上げを出しててもビジネス状況が厳しく会社全体の業績が悪かったら昇給率が下がる、とか、社内の評価精度が変わるとか、上司によって違いが出るとかなどでも変わってきてしまう。

せいぜい「過去自分と同じようなポジションで入社して早く昇給・昇進された方はどんな成果を出してそうなりましたか?」と質問して「過去の実績はこうだよ」と教えてもらえれば、というところではないだろうか。(ちなみに質問の仕方が下手だと「社内規定に沿って決定します」というにべもない答えが返ってきてしまうこともあるが、もしかしたら入社しない可能性もある人に対して社内情報を洗いざらい出せないという事情もあったりするので、質問の仕方は本当に大事。)

それでも参考までにくらいで「こうすれば昇給・昇進する」ということを確約するもではない。

 

ちなみに海外とかだと(あくまで私が経験した範囲内だが)あまり気にせず知りたいことや聞きたいことはガンガン質問するというスタイルが多い。そもそも労働契約書に役割、ジョブディスクリプション、昇給の基準、解雇の基準など結構書いてある。それでも人間関係や上司との関係性は大事になってくると思うが。

 

ビジネス状況は常に変化するということも頭に入れておくと良さそう

「VUCA」という言葉がある。Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguityの頭文字をとった言葉で、「先行きが不透明で、予測が困難な状況」を表す。

コロナで世界がこうなるなんて誰も予測していなかった。ビジネス環境もまさにこれで生き残ろうとする組織であればあるほど、変化も激しい。

「任されるはずの部署が縮小されることになった」「この人についていきたいと思っていたその人が部署移動した」「賞与実績が4ヶ月分と聞いていたが、今年度は0になった」「ルート営業がメインだと聞いていたが新規開拓をせざるを得なくなった」そのような変化はあり得る話で、「そうなるかもしれない」ということを頭の片隅に入れながらできる限りギャップのないよう会社側とコミュケーションを取ると良さそう。

 

 

年齢を重ねるのが怖い

35歳限界説

「転職が当たり前の社会」になりつつあるとは言え、年齢を重ねた時の転職はやはり厳しい。日本の法律上年齢差別につながってはいけないから、求人票に年齢制限の記載はないものの、30歳まで、35歳まで、40歳まで、など採用する側が採用時に選ぶのは自由だ。

別に今すぐ転職を考えているわけではない。でも、自分が30代に突入して「選択肢が減っていく」ことは20代の頃より一層実感として感じるようになった。

 

・20歳:まだ何者にでもなれる、と思ってた。割とガチで。

・25歳:まだ何者かになれる、とは思っていたけど目の前のお仕事でいっぱいいっぱい。今月の数字が達成できるか、そんなことでいっぱいいっぱい。

・30歳(Now):仕事でいっぱいいっぱいになることは無くなったけども、

「あれ自分のやりたいことって何だったっけ」「でもそれなりに毎日やり過ごせるくらいの仕事はある」「でも転職するとしたら結構難しい」「とりあえず今週も乗り切った」

って感じで日々が過ぎていき、子供の頃になりたくなかった「ただの夢のないサラリーマン」を立派にやってしまっているなあ。という感じ。

 

今の目標は40代を楽しめるための基盤を固めること

「良し脱サラしよう」とまでは思わないけど、40代を楽しく過ごせるよう30代でできることをやっておきたい。

 

・「定年」に左右されないよう、定年が関係なくなるような職能(技術やスキル、専門性)を身につける

・お金を貯める

・ちょっとやそっとのことで絶望しない精神を身につける

 

そんなことを何となく頭に入れて動いていきたい。

 

 

外資系企業の内定取り消しについて(日本との違い)

 
労働法の性格の違い

日本と海外での労働法に対する考え方が違うんんだなあと最近実感しました。

考えてみれば当たり前なのですが・・法律ってその国の文化や慣行、実例によって独自に発展しているものなので、いわゆる日本の労働法と外国の労働法は「性格が違うものである」と考えて取り扱わなければならないな、、と思う今日このごろです。

(法律って『世界共通のルール』だと思っていた。)

 

解雇規制

一番大きな違いとしては、「解雇規制」に関してでしょうか。

日本の企業は(日本の労働基準法に従う企業は)そう簡単に従業員を解雇はできません。

内定取り消しも、解雇規制と同じようにある程度「よっぽどの理由がないとやっちゃあいけないよ」というような性格をしているように思います。

 
コロナによる内定取り消し

コロナによって多くの海外就労の機会が減ってしまいました。

理由は

・コロナによる業績不振からくる採用の縮小

・各国の入国制限により簡単に国を跨いでの移動ができなくなってしまったこと

 

など。

現実に的に海外渡航ができないため、「(内定を出しているけれども)保留」の状態の企業が多くあります。

そのような中でも、外資系企業は「内定取り消し」を容赦なく行っている印象です。

 

日本の労働法のこれから

あくまで私の考えですが、終身雇用が崩れた今、日本の労働法の性格もどんどん変わってくるのだと思います。海外寄りに。

終身雇用は「会社に人生を捧げて尽くす代わりに、家族手当や終身雇用など安心して働けるよう保証する」という性格があるように感じますが、転職が当たり前になる中で、労働法も労働者を守る側面が弱くなってくるのだろうと感じています。

 

ずっと労働者として働いていたら人生の中盤くらいで虚無感抱えるかもしれない。

最近40代の人で、「ちょっと一回リセットしようと思って、何も考えず仕事を辞めました。」という人と出会った。ちなみにその人には奥さんも子供もいる。

自由人、というわけではなく、組織の中でもナンバー5に入るくらいのキャリアも実績も残している。

 

 

勇気があり、すごい決断だなあと思う。

たくさんの悩める要素はあったと思うのだけど、その人の顔は清々しくて「いいな」と思った。

 

 

40代って大学を卒業して20年近く働いてきて、この先30年は働くだろう今の現役世代で

そこで「ちょっとキャリアを中断する」すごい勇気がいることだと思う。

 

 

♯♯♯

自分自身、営業として毎日忙しく数字を追っていると、いつの間にか日々が過ぎていくのだけれど

「この仕事が何になっているんだろう」「私は結局何を残せたんだろう」とふと思う日がたまにある。たまに。

今月は達成しても次の月はまた0からの数字の積み上げ、毎月毎月の繰り返し。

 

もちろん、目標を達成できた時のやりがいは素晴らしいものだし、顧客の役に立てたと実感できた時の充実感は、仕事をしていなければ得られないことだと思う。

 

ただ、時の流れが早過ぎて自分が提供した価値は、もう次の年には廃れてしまうことも多いのだ。新しいサービスが次々と生まれ、人や社会のニーズは絶え間なく変化し、過去の実績にしがみついてなんかいられない。

 

人も変わるし、社会も変わる。

 

職務経歴書に売り上げ数字の実績は記載することはできるけど、この変化が激しい世の中で、去年出した売り上げの数字にどれほどの価値があるの?と思う時がたまにある。

 

ただ、そんなことを考えている暇はそんなにないので、そんな疑問はかき消して毎日仕事に向かう。

 

♯♯♯

新卒で入った会社で先輩には「数字を上げたかったらまず自分を殺せ、徹底的に顧客のニーズだけ考えろ」と言われた。

言われた通りにしたら、本当に売り上げがあがった。売り上げがあがると周囲にも評価され居場所ができたように感じ精神的に楽になるので、ますますその言葉に従うようになった。

キャリアの志向も自分がやりたいこと、より世の中に必要とされていること、いわゆるマネジメントとか需要の高いスキル、とかそういうことを考えるようになった。

そんな人は多いのではないかな。世間の長男みたいな志向。

 

♯♯♯

今、40代くらいで高級取りだったり、社会的地位があったり、実績を残している人は顧客や世の中のニーズを察知する感度が高く、かつそれに対し呼応できるよう努力を絶え間なくしてきた人たちなのだろう、と思う。

特に日本はキャリアの空白期間にうるさかったりするので、本当に絶え間なく絶え間なく誰かの何かを解決する仕事をしてきた人たちなのだろう、と思う。

 

冒頭の人もまさに。

その人は決断の背景に「ちょっとした虚無感があった。でも絶望じゃない。」と言っていた。

 

誰かの何かのために絶え間なく仕事をし続けてきて、結果として築いてきた地位を手放せる強さと勇気に恐れ入る。

 

そんな我慢強く優秀な人が、人生の半ばで到達した虚無感は、私にはまだわからない。

 

 

 

精神を脅かされない仕事が時給換算的にはコスパが良いのでは?と思う。

 

先日読んだ記事の中で、こんな文章がありました。

嫌な同僚のせいで悪化したストレスは、たとえ会社を辞めても健康的なレベルに戻るまで22カ月(1年10カ月)かかる

 

引用元↓

嫌な同僚のストレスは辞めても約2年残る衝撃 | 就職・転職 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

人間関係は避けて通れないですが(私も人に不快な思いをさせてしまわないよう気をつけよう。)本当にやっかいなものだな〜と思います。

 

 

いくらその人が教育・指導のつもりだったとしても、上司や同僚に人格否定のような言葉を使われたら「なんだあんな言い方したんだろう・・・」と何日か引きづりますよね。

 

私自身も「嫌な同僚の記憶が2年残る」というのは実感しています。

詳細は割愛しますが、ドスの効いた声で脅しに近いことを言われた記憶が、たまに思い出されたりして、「いや〜そんなことに脳みそのリソース使いたくないんだけどな」と思うことがあります。

 

心は見た目で傷ついていることも、回復もわかりづらい

パワハラなどで精神的な怪我を負わされてしまうのは、本当に辛いことだと思います。

ちょっとした一言でも、土日をずっと気にしてしまい、楽しむことができなかったら、その土日も精神的にはずっと労働しているような状態になってしまうと思います。

 

土日も精神的に労働していたら、時給換算したら大変なことになってしまうのではないでしょうか。

 

少なくともお休みの間は精神を脅かされない仕事を選びたいと思ったりしますが

自分が「切り替える技術」を身につけてしまう方が早いですよね。

頑張ります。